核融合とは

ここでは核分裂と核融合の違いをお話しします。それから核融合研究を取り囲む現在の状況について簡単にお話しします。

2-1. 核分裂による原子力発電

現在稼働している原子力発電ではウラン235(質量数が235, 陽子数が92,中性子数が143のウランの同位体)核分裂反応では下記の式による反応を使います。

 (2-1)

図2-1 点線 U<sup>235</sup>の中性子による核分裂反応断面積、一点鎖線U238の中性子による核分裂反応断面積、実線 U238の中性子吸収断面積[1]
図2-1 点線:U235の中性子による核分裂反応断面積(反応の起きやすさ)、一点鎖線:U238の中性子による核分裂反応断面積、実線:U 238の中性子吸収断面積[1]

上式において元素記号の右下付きは陽子数(=原子番号)、左上つきは質量数を示します。92U235は陽子数92、質量数235のウラン、0n1は中性子です。天然ウランには質量数が234,235,238であるU234,U235,238がそれぞれ0.0054:0.071:99.28の割合で存在します。

 

図2-2 U<sup>235</sup>の熱中性子、および高速中性子(14MeV)による分裂生成物質の生成率[1]
図2-2 U235の熱中性子、および高速中性子(14MeV)による分裂生成物質の生成率[1]

中性子はエネルギーの大きさにより、周りの媒質と熱平衡状態にある非常に低いエネルギー(~0.025eV)を持つ熱中性子、低速中性子(~103eV)、中速中性子(103~5x105eV)、高速中性子(5x105eV以上)と分類されています。核分裂で重要なのは、(1)式に示した核分裂反応がエネルギーの低い熱中性子でも起こることです。図2-1の点線で示すようにU235の核分裂を引き起こす反応断面積(反応の起きやすさ)はエネルギーが低くなるほど大きくなります。よって、U235は核分裂反応に用いられるのですが、前述したように自然界での存在率は極めて小さいので採掘したウラン鉱石から濃縮することが必要になります。(1)式のA,Bは核分裂反応で生成された物質で、質量数が70から160程度の多くの物質が生成されます(図2-2参照)。図2-2からわかるように核分裂では質量数が真っ二つにはなりにくく、小さめの原子数と大きめの原子数にそれぞれピークを持つという面白い特徴を持っています。したがって、実は原子力発電における核反応の表式は非常に複雑なわけです。(1)式でηは中性子の1個の中性子が何個に増倍するかの増倍率でU235では2.47となります。α線はヘリウムの原子核、γ線は電磁波です。U235の熱中性子1個で生成されるエネルギー、すなわち(1)式の右辺のエネルギーは202x106eVとなります。熱中性子の0.025eVというエネルギーがなんと202x106eVという膨大なエネルギーを生み出すのです。このエネルギーは(1)式の右辺と左辺の質量の差、すなわち核分裂反応により減った質量がアインシュタインの質量エネルギーの式E=mc2(E;エネルギー、m;質量、c;光速)に従い、熱エネルギーに置き換わったものです。この熱エネルギーが発電に使われます。図2-3に核分裂原子炉の概念図を示します。(1)式の反応は図2-4に示すような連鎖反応により持続します。 (1)式における中性子の増倍率2.47は大きな値ですが、図2-3に示す中性子の減速材、および中性子を吸収させる制御棒により中性子の像倍率を調整し、中性子の増倍率が制御可能な1秒間に1.04倍程度になるように調整されています。熱交換は冷却材により行われ、火力発電と同様にタービンを回し発電することになります。現在日本で稼働している原子力発電所は軽水炉と呼ばれるもので、減速材と冷却材に軽水(H2O)を用いています。原子炉には、重水(D2O)を用いた重水炉等、軽水炉以外にもいくつか種類があります。

図2-3原子炉の概念図[1]図2-4 連鎖反応の概念[1]

図2-3 原子炉の概念図[1]                       図2-4 連鎖反応の概念[1]

2-2. 核融合による原子力発電

核融合のお話をする前に原子の結合エネルギーについてお話します。ご存じのように原子核の中には陽子と中性子があります。陽子と中性子を合わせて核子と呼びます。同じ陽子数で中性子数の異なるものを同位体と呼びます。同位体は原子番号がある程度大きいと化学的性質は良く似ていますが、原子番号が小さい水素等の同位体は化学的性質が大きく異なります。これは原子番号の小さい方が同位体による質量数の変化が大きいためです。また、原子番号の大きい同位体でも図2-1に示すように核反応の断面積は大きく異なります。最近プラズマの閉じ込め研究で水素の同位体(H 軽水素、 D 重水素、T三重水素)で閉じ込め特性が異なることも指摘されており、最先端のプラズマ閉じ込め研究でも同位体の効果は重要な研究課題です。

図2-5に核子1個当たりの質量、すなわち原子の質量を質量数(=陽子数+中性子数)で割ったものを示します。図2-5に示すように質量数が60付近の鉄(Fe)が最も核子1個当たりの質量が小さいことが分かります。質量は前述したアインシュタインの式によりエネルギーに換算できるので、鉄が最も安定な元素だと言うことができます。よって、異なる原子同士の核反応は、質量数が60より大きい元素はX→K1+K2となる核分裂により質量が減少し、質量数が60より小さい元素はIa+Ib→qとなる核融合反応により質量が減少し、両者ともその差がエネルギーとなり放出されるわけです。

図2-5 各元素に対する核子1個当たりの質量[2]
図2-5 各元素に対する核子1個当たりの質量[2]

核分裂にしろ核融合にしろ、質量数60を境界にしてあらゆる原子において起こり得るものです。たとえば、エネルギー源としての利用を考えなければ中性子源や加速器を使って中性子を原子に衝突させて核分裂を起こす、原子同士を電離した後で加速させ核融合を起こすことが可能になります。ただしエネルギー源として成立するには、第一に入力エネルギーより出力エネルギーを高くすることができるか、第二に燃料が豊富に存在するかということが条件になります。U235を用いた核分裂は両方の要請を満たすのでエネルギー源として成立しました。核融合の場合は上記二つの条件を満たしうるものとして下記の4つの核融合反応が候補として考えられています。

 (2-2)

 (2-3)

 (2-4)

 (2-5)

上式において1H1, 1D2, 1T3,は水素の同位体で中性子を持たない軽水素、中性子を一つ持つ重水素、二つ持つ三重水素を示します。2He42He3はヘリウムの同位体ですが、地球上に天然に存在するのはほとんど2He4です。これは現在、アメリカ、アフリカ、ロシアの天然ガス田から副産物として生産されています。

図2-6にそれぞれの核融合反応断面積を示します。図に示すように上記の核融合反応式で最も低いエネルギーで核融合反応を起こすのは(2-2)式のD-T核融合です。

図1-6 核融合の反応断面積 1keV=1000eV[2]
図2-6 核融合の反応断面積 1keV=1000eV[2]

よって現在のところ、D-T反応で核融合を目指して研究が進められています。ところで、図2-1のU235の核分裂反応断面積と、図2-6のD-T核融合反応断面積を比較すると、反応に必要なエネルギーが大きく異なることが分かります。2.1で説明したようにU235の核分裂反応は常温の中性子で起こりますが、D-T核融合反応は10keV(~1億度!!) という非常に高い温度にD、Tを加熱する必要があるのです。しかも、反応断面積が核分裂の方がはるかに大きいことが分かります。これが核融合発電の難しさです。まずは、D,Tを核融合反応がおこる高いエネルギーまで加熱し、なおかつそれを核融合炉の中に閉じ込める必要があります。

また、Dは水素の同位体なので水の形で存在し天然での存在率は極めて小さいのですが(0.015%)、水は地球上に膨大にあるため資源として困りません。しかし、Tは地球上にほとんど存在しないため、下記の核分裂反応により人工的に生成します。

 (2-7)

 (2-8)

核融合反応を起こすにはD,Tを電離し電子とイオンから成るプラズマ状態とし、それを電磁波や粒子ビームで加熱することにより温度を上げていく必要があります。イオンと電子は電荷を持つため磁力線に巻きつく性質があり、これを利用して高いエネルギー状態を持つプラズマを装置の中に閉じ込めます。核融合反応を起こすには外部からの加熱が必要ですが、核融合反応が十分に起こると(2-2)式の2He4が加熱をするため、外部からの加熱が必要でなくなります。

現在、磁場でプラズマを閉じ込める研究が活発に行われているのは図2-7に示すトカマク型装置とヘリカル型装置です。どちらもプラズマがドーナツ状になっていますが、これは、磁力線の端が存在しないことによりプラズマが逃げにくくなるためです。これらの磁力線は電磁石を用いて作られます。本研究室で実験を行っているLHDや将来の核融合炉は電流損失がなく強力な磁場を生成できる超電導磁石を用います。トカマク型装置とヘリカル型装置のプラズマ形状の違いをドーナツで例えると図2-8のようになります。ヘリカル型の方は少々形が複雑です。磁場閉じ込め方式の詳細については“大型ヘリカル装置”の項でお話しします。

(a)トカマク型装置[1]
(b)ヘリカル型装置
図2-7 核融合を目指した磁場閉じ込めプラズマ装置(a)トカマク型装置[1](b)ヘリカル型装置
(a)トカマク型ドーナッツ
(b)ヘリカル型ドーナッツ
図2-8(a)トカマク型ドーナツ、(b)ヘリカル型ドーナツ

図2-9に将来の核融合発電システムを示します。将来の核融合炉はトカマク式にせよヘリカル式にせよ、ドーナツ型になると考えられます。図2-9ではドーナツの断面の図と考えてください。核分裂炉では図2-4に示すように燃料を装置の中に充填します。一方、核融合炉ではプラズマ外側の核融合装置の容器の壁をLiが流れるブランケット(ブランケットというのは毛布という意味なのでプラズマを覆う毛布とイメージしてください。)で覆います。(2-2)式で生成された中性子の一部は(2-7),(2-8)式によりLiとの核分裂反応から(2-2)式の核融合反応の燃料となるTを生成します。ただ、装置の運転を始めるときには外部からTを供給する必要があり、核分裂炉などで出る中性子を用いて(2-7),(2-8)式よりTを生成する必要があります。

図2-9 磁場閉じ込め[核融合炉概念図[1]
図2-9 磁場閉じ込め核融合炉概念図[1]

核融合反応は核分裂反応よりはるかに困難なのですが、安全性という観点では大きな利点があります。これは、反応の困難さが安全なことの裏返しになっています。核分裂では(2-1)式に示す中性子の増倍率は非常に高いため、減速材や制御棒といった中性子のエネルギーを落とすことにより核分裂反応が暴走することを防いでいます。一方核融合で例えば装置を維持するための電力が突然遮断された場合、プラズマを閉じ込めている磁場がなくなるためプラズマはあっという間に中性化して消失してしまいます。よって、電源を喪失するような事故の場合にも核融合反応は自動的に止まるので核分裂炉よりは圧倒的に安全性が高いと言えるでしょう。
 ただし、D-T核融合反応において、三重水素(トリチウムと呼ばれています。)は、電子または陽電子を放出して崩壊する放射性物質(半減期:12.3年)であることに注意を要します。トリチウムは体内に入ると放出されず内部被ばくの原因になるため、D-T核融合反応ではトリチウムを装置の外部に漏らさないような厳密な安全管理が必要です。核分裂では図2-2に示すような多くの物質うち一部が放射性物質ですが、D-T核融合で現れる放射性物質はトリチウムしかありません、それでも安全のためには厳密な管理が必要です。
 福島原発の事故までは核融合炉の安全の課題としてトリチウムの取り扱いについて詳細な研究がなされてきました。それに加え、福島原発の事故以降は完全に電源が喪失した場合も本当に安全であるかという議論が行なわれています。D-T核融合炉で取り扱う放射性物質はトリチウムだけですが、核融合で生成された中性子は電荷を持たないため磁場で捕捉することができず、(2-7),(2-8)に示すトリチウム生成の他に冷却水を通じて熱交換して発電することに使われます。一方、中性子は熱交換装置以外の装置の構造物にも高いエネルギーを持った状態で衝突するため、それにより構造物(プラズマ閉じ込め用の真空容器など)が放射化します。例えば冷却が完全に喪失した場合、核融合炉の構造物で放射化しているものは崩壊熱を出します。これが800度程度まで上がるとの試算あります。現在の真空容器の主要な材料であるステンレスは融点が1400度なので試算通りであれば問題ないことになりますが、より詳細な解析および放射化しにくい材料の開発も必要です。
 表2-1に核分裂炉と核融合炉の歴史の比較を示します。核分裂と核融合の発見はほぼ同時期にも関わらずその後の歴史は大きく違います。

表2-1 核分裂と核融合の歴史
表2-1 核分裂と核融合の歴史

2-3. 核融合と他のエネルギー

核融合は核分裂炉と比べてはるかに安全性が高いものの、現在のところ、まだ発電に成功しているわけではありません。およそ、電気を起こす実証に20年弱、電気を供給するのに30年から40年というのが、現在の予測です。核融合の逃げ水論というのが言われています。逃げ水というのは良く晴れた日に車でアスファルトの舗装道路を走っていると遠くに水がたまっているように見えますが、近づくと見えていた水がまた遠くに動くという蜃気楼の一種です。核融合研究者が核融合研究は今までに20年後に核融合が実現すると言って、20年たつとまた20年かかると言ったことを指して核融合も逃げ水と同じという批判があります。20年後に電気が起こせそうだと言うと、全くまた逃げ水かと思われるかもしれませんね。ただ、今からの20年と今までの20年は大きく違います。というのは電気を起こしうる国際熱核融合炉(International Thermonuclear Experimental Reactor; ITER)の建設がすでに始まっており、これが2025年には実験を開始する予定です。DT核融合反応における実験も予定されており、これにより電気出力を取り出すことも検討されています。

一方、核融合炉の他にも現状の原子力、化石燃料発電の代替エネルギーとして太陽光、太陽熱、風力、潮力、地熱発電が研究開発されています。これら自然エネルギーは無尽蔵に存在し、なおかつ環境汚染もないことから注目を集めています。環境汚染がない、特に、原子力災害のように深刻な事故がないことは大きな魅力です。いずれの手法もすでに電力を供給しています。これは、核融合と比べて一歩先に進んでいることを認めないわけにはいきません。ただ、これら自然エネルギーはエネルギーの生成効率が極めて低いことが問題です。また、自然エネルギーは天候によって発電量が大きく左右されることも問題です。電力は常に安定して供給する必要があり、安定供給を行うためには自然エネルギーの寄与は全発電量のうち40%以下に抑える必要があるという試算もあります。

また、化石燃料でも既存の石油や天然ガスだけでなく、土に含まれる油成分を取り出すオイルシェルや、日本の太平洋岸に豊富に存在すると言われているメタンハイドレート等の新しい化石燃料も注目されています。

これら、自然エネルギーを含めたエネルギー源の将来予測についてはイギリスを例にとり定量的に評価したものが参考文献3にあるので興味のある方がご覧ください。また、参考文献3の訳者である村岡克紀九州大学名誉教授は現在日本を対象にして同様の解析を行い、参考文献4で詳細に報告しています。

エネルギー源の開発だけでなく、また、電力の供給を効率化するスマートグリッド構想、送電線のロスをなくす超伝導送電線により、エネルギーを効率よく使用することも必要でしょう。昭和50年代の中盤に核融合研究の将来を議論した識者の間では、エネルギー問題を解決するにはエネルギー源の開発より省エネによるエネルギーの効率的な使用の方が有効であるという意見もありました。

いずれの手法も一つで十分ではないというのが現状で、各手法について開発を進めつつ、それぞれの手法の問題点と限界を明らかにすることが必要でしょう。核融合もエネルギー問題の解の一つですが、唯一解とは限りません。ただ、核融合には50年におよぶ研究の着実な積み上げがあります。今後も研究を推進することによりエネルギー源としての確立を目指すことが必要です。

参考文献

  1. 赤崎正則、原雅則、 “電気エネルギー工学”、 朝倉書店
  2. 赤崎正則、村岡克紀、渡辺征夫、蛯原健治、“プラズマ工学の基礎”、産業図書
  3. デービットJ.C. マッケイ 村岡克紀 訳 “持続可能なエネルギー「数値」で見るその可能性” 産業図書
  4. 村岡克紀 “これからのエネルギー”、産業図書

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